感想・小説編。

小説ツインシグナルVol.5 遥かなる都市の歌・下
The songs of distant city

原作:大清水さち 著者:北条風奈

出版元:エニックス


TS番外ノベライズの5巻。下巻ってことで、ストーリーは4巻の続き。シグナルたちの長い冒険旅行(?)も、ようやく終わりを迎えます。

この、シリーズ初の上下巻がとても面白く感じられるのは、ボリュームたっぷりで読み応え充分だからとか、ニューヨークからアフリカまでを巡る展開が見応えあるとか、単純な部分での魅力ってのも多々あるんですが。そんな中で自分がいちばん強く感じさせられるのが、登場人物たちのほぼ全員に見せ場(というか、活躍の場面)があるから、だったりします。登場人物の顔ぶれだけで言えば、小説版1巻とほぼ同数が出ている今巻ですが、その1巻と大きく違っているのがこのポイント。アチラではほとんどチョイ役でしかなかったカシオペア博士とラヴェンダーは、今回ではシッカリと物語の展開を握る主要キャラとして出番を用意されてますからねー。あえて活躍してない(できてない)キャラって、音井ロボット研究所に残った連中(※教授除く)くらいじゃないか? このTSシリーズが有する多数のキャラクター達を、そのそれぞれに出番を用意して、キッチリと物語を動かしているのがこの上下巻の魅力的な部分であり、また同時にその七面倒な作劇(笑)をこなして、面白いオリジナルエピソードの小説として読ませてくれる北条さんには、つくづく感心させられてしまうワケです。

さてさて。この上下巻、シリーズ全体から見れば、原作コミックス4〜6巻のリュケイオン編で起きた物事の整理のために紡がれたシナリオであり、さらには11巻以降の頭脳集団シンクタンクアトランダム編への橋渡し的な役目もかねた内容なのですが。ココで最重要となるのが、なんと言っても今回のスポットキャラであるカルマその人。上巻でこそ、シグナルの方が活躍は多かったですが、下巻が進行するに連れ、真のメインである彼にシナリオの主軸はどんどん移ってくれてますしねー。何故に今作において、「カルマがメインである」と明言できるのかというと。それは彼にスポットが注がれて物語が進行するから、とかそんな単純な理由ではなく、彼という存在にとって必要な出来事を描いて進まれるから、なのだと思います。

自らにとっての『存在意義』となるハズだった海上都市リュケイオン。だけど様々な出来事の結果として、その都市とは別れなければならなくなった。それは「これまで」と「これから」のために、必ず果たさなければならない事で。新たに起こった事件を経て、その別れは、原作62話での「リュケイオンにさよならを言いたい」というカルマ自身の願いは遂に叶います。リュケイオンとの別離。おのれの半身に告げるさよなら。これはカルマにとって必要なこと、もっと言えばカルマの”魂”が解放されるためには絶対必要だったことなんですよね。それを経て初めて、彼は次のステップへと向かうことができる。彼がこの先も”存在”するために無くてはならない事、その”儀式”を描いて見せているからこそ、このエピソードは「カルマのための物語」だと言えるのです。そしてだからこそ、番外である小説でよってこそ描かれるべきエピソードだとも言えるでしょう。

『遥かなる都市の歌』。それはきっと、カルマの中にだけ響く音色。彼のみが聴くことができ、彼のみに舞い降りる祝福の歌声。本作のような「架空の未来の物語」を読んで、そんな物思いにふけるのも…たまには素敵じゃーないですか(笑)



▽自薦名場面 ― 223ページ

 「私もリュケイオンも、同じです」

 私は貴方と別れていく。

 この海の向こうの広い世界へ――貴方がここから動けないなら、私があそこへ行けばいい。私は人から生まれて人へと還る。

 海の都市リュケイオンから、人の世界の海原<アトランダム>へ。

 貴方が私を導いてくれたように、今度は私がロボットを導く。人がロボットとかわした契約を、私は忘れない。

 貴方が私に教えてくれた。

 いつか、私の軌跡がロボットと呼ばれる日が来るなら――

 「ありがとう、リュケイオン」

カルマから、半身となるはずだったその都市へ。リュケイオンへのお別れは、「さよなら」ではなく「ありがとう」という感謝として彼の場所に届けられた。……いやぁ、この時のカルマは、どれほど深い感慨とともにその言葉を告げた、告げることができたんだろうなー。カルマにも、リュケイオンにも必要だった、たったひとつの言葉。そしてそこに込められた、遥かなまでの想い。詩的な語り口の文章とも相まって、じんわりと心に残る美しいまでの、エピローグでありモノローグ、です。



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2006/06/06