感想・小説編。

フルメタル・パニック! 燃えるワン・マン・フォース

著者:賀東招二

出版元:富士見ファンタジア文庫


フルメタシリーズ、長編の8巻目。前回で全てを失った相良宗介の、東南アジアで繰り広げられる孤独な”戦争”が描かれる、最終章第2幕の巻。

それじゃー、まずは茶化す方向の感想から行きますか。いやぁなんてんだろーね、賀東さんはどんだけサベージが好きなんだよ、と(笑) 本作に登場する数あるアームスレイブのなかでも、最もスタンダードでそれゆえ最も性能的に見劣りするこのロボットを、よくもまぁアレだけ活躍させるもんだよなー。クライマックスでの最悪なコンディションの戦闘は元より、最新鋭機であるM9とガチでやり合って勝つとか、そりゃ宗介が幼少期から乗り慣れてきた機体だっつー設定のおかげでこのムチャぶりも多少納得しやすくはあるけれど、ソレでもやっぱ描写の補正には大したモノを感じてしまうと言いますか(微苦笑)

と、そんな事を感じると同時に何より思い知らされるのが、架空の陸戦兵器、この世に実在しないで機体あるASにこれ程までのリアリティを持たせて描き・読ませてくる作者の文章力の巧みさです。本来ありもしない存在、しょせんは紙の上だけにしか、もっと言えば賀東招二氏のアタマの中にしかないロボット兵器であるアームスレイブ、及びその中のサベージという機種。コレについて数々の比喩表現や事細かな機体設計を解説し、それらを駆使して描かれていく戦闘シーンのダイナミックさが読者に与える、この確かなまでの実在感ときたら、もう! この辺のミリタリ描写・作劇については、前々作・『ベリメリクリ』における潜水艦戦闘が前例にありますが。アッチは仮にとは言え実在する兵器についての描写でしたからね、比べて今回のは完全なフィクションの兵器でやっているワケで。でもその嘘っぱちフィクションを、機体制御ソフトウェアやら、油圧式の駆動系やら、姿勢指示ジャイロやらと言ったソレらしい「まほーのことば」でもって、まるで現実にそういうロボがあるかのごとく描き出す文章力の高さ! …イヤまったく、つくづく脱帽モノですな、コレについては。

次に語るべきは、もうひとつの読み所、人間ドラマの側面ですね。本作を最初に読み終えて、そして今回のレビュー用に再読してみて、一貫して覚えた読後感は「残酷な物語だ」というモノです。…あぁ、勘違いしてもらいたくないんですが、”彼女”の事について言ってんじゃないんですよ。宗介当人の描かれ方について酷いっつってんですよ。だって、前回の物語で学校もクラスメートも戦友も養父も、そして恋した女の子すらも残さず無くしていった彼に、今回の物語では更なる非情な追い打ちのように、再び得られたと思えた何もかもを徹底的に奪い尽くしていった。今回の死闘を通して彼が得たものなんて、不明確な情報ひとつだけですよ? その他には何も無い、惹かれ始めていた女の子さえもなくして、本当に死に瀕する自身のカラダだけが残って、まさに打ち棄てられるようにエンドシーンを迎えるという、ただそれだけ。ろくなモノも守れず得られず、失い奪われるばかりで、心から願い求めるものには決して手が届かない。改めて思い知った事は、決して許されず決して救われないおのれの置かれた”様”それのみ。コレが残酷でなくて何を残酷と言おうか?

283ページの最後の姿、あのシーンは私の映像イメージとして、実質的に初めて宗介が泣いた場面だと思っています。これまでどんな苦境にも難関にも現実にも厳然と立ち向かってきた彼が、はじめて「さびしい」と、孤独であることの辛さに言葉を洩らして涙を流した。でもそれでも、”現実”は彼にありのままを見せつけ続けます。例え死にそうになっていても、例え不可能な目標を目指そうとも、例え失い続けてもそれでも、宗介の前にただ広がるのは、何も残らず望みすら未だ届かぬ”現実”それだけです。(※余談ながら付け加えると、『オンマイオウン』でのアルが”死んだ”場面は頭部から流れた血が目尻を伝っていった、っていう映像イメージで。イヤまぁベタなんだが、でもソレ以外のイメージでは想像できん)

私は今巻を通して、シリーズのこれまでが「傭兵部隊ミスリルに所属する兵士・相良宗介の物語」として読んでいたことに改めて気付きました。そしてソレが今回のストーリーを経て、「ひとりの少年傭兵・相良宗介の物語」に変化していったのを感じ取りました。全てを失い、何も得られず、それでも立ちふさがる”現実”に対して立ち向かい続ける少年傭兵。フルメタルパニックというこの長編シリーズ作は、此処で確かに相良宗介自身の物語になったのだと思います。


孤独な戦いの果てに沈んだ彼の背後で、敗残兵達は敵組織アマルガムへの報復を誓い、着々と戦力を集わせる。かつての戦友が知れずのうちに用意するパズルの欠片、それは新たなるチカラ、整えられる反撃ののろし、ARX−8と呼ばれる存在しない計画ブラックファイルプロジェクト。今は遠きその水面下、敵に確かな復讐を果たすため、燃えさかる怒りの刃は解き放たれる時を待つ――



▽自薦名場面 ― 268ページ

 ごう

 この日本語の意味が、ようやく宗介にも分かってきた。

 自分は業を背負いすぎている。

 どうあっても修復しようのない生命と世界のほころび。熱力学第二法則に似たなにか。自分は決して――そう、決して――彼女と再会しても幸せになどはなれないだろう。あの学校に二人で帰ることもないだろう。

 もとから、そうなれるはずがなかったのだ。

 単純な事実として、そう思った。悲嘆や絶望、悲観主義などではなく、厳然たる事実としてそう思った。荒れ狂う運命の激流を、ただ『そこにあるもの』として見すえるだけの冷たさ、無感動さで。

自分自身の有様を、自分が何を背負っているのかを、ただただ静かに、そして確かに思い噛みしめる宗介。今巻中で最も残酷だと感じた描写、それがこのシーン。何が酷いって、その現実を彼は以前からもう理解していて、そして何よりこの物思いがこの時点の宗介にとって逃れようもない正真正銘の事実だということ。自身が抱え持つその真実を思い知ってなお、彼は戦いを止める事をしない。この”無惨”に相対してさえ、彼は泣く事すらできない。この果てしない残酷さ、非情な様は一体なんだと言うんだろう? このシーン、あと数行続けるともう少し印象は変わるんだけど、あえてただひたすらに無情な部分のみを抜粋して選出。



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2007/12/29