感想・小説編。

涼宮ハルヒの消失

著者:谷川流

出版元:角川スニーカー文庫


荒唐無稽学園コメディ第4巻。今回は、クリスマス直前に起きた騒動を描いた長編エピソード。それにしても、何も知らんで本作を表紙だけ見たとしたら、朝倉のことレギュラーキャラだと思うよな、コレ。つーか、逆手でコッソリ握ったナイフが怖いヨ朝倉さん。

さて、方々での本シリーズの推薦模様を見ると、「せめてこの巻までは読んどけ」みたいな寸評をよく見かけますが。なるほど確かに、この4巻の内容はあるイミ読んでおくべきエピソードだと言えるかもしれませんねー。まず単純に作劇が面白いってのはありますが、ソレと同時にシリーズとしてひとつのターニングポイントでもあるってのが、その理由だとも言えるといいましょーか。あとコレは自分の特異な見解なんですが、本作の主人公が誰なのかがハッキリしたってのも、個人的なポイントになってるかも。や、実のところ当方、このシリーズって「キョンの視点から見た涼宮ハルヒのお話」だと思ってたんですよ。文体こそキョンの一人称だけど、実際の主役はハルヒの方なんじゃねーかと、そんな風にして読んでたりしまして。だけど今巻のお話を通して、キョン当人が”物語の当事者”として、周囲で巻き起こる状況やSOS団とどう関わる・関わっていくことを決心する様が描かれたことで、あくまで実質の主役はキョンであるってコトが、読み手にも(つーか私にとって)明確になったワケで。209ページあたりからのクライマックスシーンなんて、まさに彼が主人公になった場面と言えましょうて。

それにしてもなんとゆーか、言っちまうと長門はかわいそうだよなー。だって、なんだかんだで結局のところキョンがハルヒを”選んでる”のは、今巻の中身を見てりゃもう明白であり、いつも長門のことを気にかけてはいても、本当の気持ちとして彼女を”見る”可能性は正直かなり薄いですからねー。どこぞのブログでこの巻を『長門有希ゆきの純情』なんてパロってた(とも違うか)のを見ましたけど、ぶっちゃけウマい別題ですねー(笑) 届かないかもしれないけど、たとえ少しでも気持ちが届く可能性のある状況を作りたい。作中、キョンは今回の件の発生理由をあーゆう風に解釈してたけど、本当のトコはそんな一心だったんじゃないでしょーかね。そんな解釈のすれ違いこそが、まさに彼女が込めた想いに対する解答でもあるんですが…う〜ん、紛れもない「純情」だよなぁ(笑)

あと、最後に今巻の内容でひとつだけ納得できないトコを。208ページ、「感情を持たない人工知能も時間が経てば感情が芽生えるもんだ」みたいなコトを言ってますが。コレ、私から言わせてもらえばそんなのただの人間のエゴで、元から感情が無いモノはどこまで行ってもそんなもの芽生えようもないと考えてたりします。今回の場合は、起伏が乏しいけども元々あった感情が、SOS団の連中と関わってきたことでより明確なカタチにふくらんでいったってだけのことじゃないか? 表面的に感情があるように見えるものに、時間が経って本当の感情が生まれるだなんて考え方は、他の存在に自分(人間)と同様の知性・意思を求めようとする、身勝手な思考だと思うんですよねー。ここんトコだけは個人的に納得しがたい部分だったりするので、とりあえずそんな主張をしてみたり。



▽自薦名場面 ― 182ページ

 「覚えておいてくれよ、ハルヒ。ジョン・スミスをな……」

 この時はまだ十二歳のハルヒ、これからも東中ひがしちゅうで無茶なことをし続けるであろうハルヒに、俺は心の底から祈っていた。

 忘れないでいてくれ。ここに俺がいたことを。

立ち去っていく「3年前」に、聞こえぬまま投げかける願い。この場面、彼が心底から彼女を”求めた”最初のシーンなんじゃないかなー、なんて。ハルヒに会いたい・顔を見たいってな描写は途中何度かあったけど、ハルヒ自身に自分を覚えていていてもらいたいと考えたのは、これが初のハズ。そーゆう点で見て、やっぱりキョンはハルヒだけを”選んでる”んだよねー。ま、アイツの表面上の態度ではさておくとして、な(含笑



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2006/09/18