感想・小説編。

涼宮ハルヒの憂鬱

著者:谷川流

出版元:角川スニーカー文庫

「東中学出身、涼宮すずみやハルヒ

ここまでは普通だった。真後ろの席を身体をよじって見るのもおっくうなので俺は前を向いたまま、その涼やかな声を聞いた。

「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」

さすがに振り向いたね。

11ページ ハルヒの自己紹介シーンより


なんか知らんがこの小説、スニーカー大賞の選考作品において5年ぶりに現れた『大賞』作品なのだそーで。「なんか知らんが」とか言ってる時点でお解りのとおり、当方そんなコトにゃまるで興味ナッシングなワケですが。ともあれ、涼宮ハルヒの憂鬱です。

さてこの小説。さすが大賞を受賞するだけある…のかどうかは正直なところオレには分からんのですが、面白いことは確かかと。同じ作者の作品ってことで、どうしても学校を出よう!と比較してしまいがち(※でも買って読んだ順はコッチが先だったりする)なのですけれど。実際ノリが似通ったところはあるものの、これはコレで違う楽しさがあります。

一言でいえば荒唐無稽。退屈な普通の日常に飽き飽きして、ソレをどーにかしてやろうと傍若無人(?)を繰り返す娘さんが、実は普通どころかこの世の中心あるいは神様なんつーレベルの特別な存在で、そんな当の本人が知らずのウチに周辺の日常こそが超常になってたりする。なんつーか、ハルヒのやってることも荒唐無稽だし、ソレを取り巻く設定も周りで起こる出来事も荒唐無稽。別の言い方すれば無茶苦茶・出鱈目というか。悪い意味で使ってるワケじゃあないけど、にしてもそれらの言葉がコレほどしっくりくるお話もそうあるまいて。

で、この小説。個人的にひとつ、大きな問題がありまして。それというのも2巻目以降をまったく買う気になれないのですよ。初め買った時点ですでに3巻目まで刊行されてることも知ってたんですが、シリーズ1作目になる本巻を読んだ時点で「あ、これはもう”先”を読む必要はねえな」と自己完結してしまったんですなぁ。シリーズものとして存在する作品に対してこんなこと思ったの、ホント初めて。自己分析ですがきっと、もともと『読み切り』として書かれたような作品だから、読み手として「1作完結」という印象がやたら強く見えたんでしょうね。不満なのでも期待できないのでもなく、満足してしまったから次に手が出ない、と。

そこで、もしレビューをお読みの方で本シリーズを既読の方がいたら、ぜひともお尋ねしたい。続きを買うべきか否か、ひとつアタシにアドバイスくださいまし。今回レビュー書き下ろすのにもっかい読み返したけど、やっぱ続巻を買う気になれなかったんだよなぁ。いやホント、色々読んできたけどこんなケース初めてだわ。



▽自薦名場面 ― 224〜226ページ

 「あんたさ、自分がこの地球でどれだけちっぽけな存在なのか自覚したことある?」

 何を言い出すんだ。

 「あたしはある。忘れもしない」

 線路沿いの県道、そのまた歩道の上で、ハルヒは語り始めた。

 「―――(中略)―――それまであたしは自分がどこか特別な人間のように思ってた。家族といるのも楽しかったし、なにより自分の通う学校の自分のクラスは世界のどこよりも面白い人間が集まっていると思っていたのよ。でも、そうじゃないんだって、その時気付いた。―――(中略)―――中学に入ったら、あたしは自分を変えてやろうと思った。待ってるだけの女じゃないことを世界に訴えようと思ったの。実際あたしなりにそうしたつもり。でも、結局は何もなし。そうやって、あたしはいつの間にか高校生になってた。少しは何かが変わるかと思ってた」

ヒロイン(?)・ハルヒがあるイミの『真意』を語るシーン。ある種の『悩み』と言い換えることもできるけど……これ、年頃の少年少女なら誰でも一度は抱えたことのある『思い』なんじゃないかなぁ、と。自分だけは特別だと思ってても、でも本当は云々…ってヤツ。ね。実際のは丸々1ページ半に渡る長セリフですが、さすがに全部取り上げてたらオレ死ねるので、要所だけを抜粋して。



第2巻


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2004/12/22