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感想・漫画編。

D.Gray-manディー・グレイマン 6巻

著者:星野桂

出版元:ジャンプコミックス


エクソシストのバトルマンガ6巻。日本到達前に挟まれたカタチとなるエピソードの「咎落ち」編を中心に収録。唐突にものスゴい蛇足なんだけど、この巻のカバー裏オマケが何気にスゲェ好き(笑) いや、このセルフパロはウマいわ。まぁ個人的には、あえてセリフ無かった方が良いよーにも思うんだけど。

さて、前巻の「孤城の吸血鬼」編から続けて、より一層のヘビーな描写及び結末を描くコトになったのが今回の「咎落ち」編でゴザイマス。イノセンスの示すまま戦争へと否応も無しに参加させられ、いちど戦場に立てばいかなる事があろうとも中途退場は許されないエクソシストと呼ばれる者たち。その戦士達のひとりに起こった、どこまでも残酷で救いの訪れないエピソードがコレ。このストーリー、簡潔にまとめてしまうなら、116ページにある作者本人のコメントが全てと言っても良いかもしれませんねー。

このストーリーの”犠牲者”であるスーマンは、教団の所属者としては確かに裏切り者だったのかもしれませんが、やはりそれ以前として「兵となった人間」、望む・望まざるに関わらず戦う事を無理矢理かせられた一人の存在でしかなかったのでしょう。彼はただ殺されたくなかっただけ、家族に再び会いたかっただけ、たったそれだけのこと。だけれども、彼を選んだ神はそれを許さず、戦場から逃げ出した事を「罪」として、カケラの慈悲も与えないまま彼の命を奪い去った。死をもたらすまえに、より多くのアクマを滅ぼす咎落ちの姿に変えて。その事実を思い知って、アレンはひとりイノセンスに抗ってまで仲間を救おうとする。命すら省みず自身の持つ全てを賭して、死に迫ろうとするスーマンをただただ助け出すために。たとえ教団を裏切っていたとしても、「生きたい、家族に会いたい」とそれだけを強く想った彼を、「あなたの幸せを願っています」と微笑んでさえみせて。それでもしかし、全身全霊捧げてまで”生きた”ままの彼を取り戻しても、やはり神だけは情け容赦無く彼の中の”心”を消し去った。そして更に、悪魔ノアは最後にスーマンを正真正銘殺して、全てを完全に終わらせてしまった。スーマンの悲しい願いも、アレンの必死の努力も、リナリーの痛切な想いも、なにもかもを”削除”して。そこにあったのは、どうしようもないほどの無念。どれほどの犠牲を払っても訪れない幸福はあるのだという、ただただ残酷なまでの結末。

このストーリーを、ただ悲惨な物語と言うことは簡単だと思います。まぁ実際悲惨どころの騒ぎじゃない展開だしなー。でも、以前にも書いた事ですが、コレが人間と悪魔との「戦争」をベースの設定とした物語なら。その「戦争」に巻きこまれてしまった、「戦士」ではなく「兵となった人間」によって紡がれるドラマであるのなら。本作は、戦場で巻き起こる悲しい”現実”を描いた作品なのだと、私は思います。こういうコトが起こるから戦場は悲惨だ、ってんじゃあなく、戦場ではこういう悲惨なコトが起きるのだ、というテーマ(?)を感じるとゆーのか。戦いが良い悪いではなく、戦いの中では報われない出来事が幾つもあって、それでもまだ戦わなければならない誰かが居る場所、それが”戦場の現実”なのだという、ね。誰かが死んだ・報われない願いがあった・それでもまだ奪われようとする命があった、そんなコトだけでの残酷さじゃなく、その更なる下敷きとして描かれる”重さ”を感じられるから、私は本作が好きなんですよねー。

 


▽自薦名場面 ― 129〜131ページ

 ぺちっ

 「――ティム、キャンピー」

 ガブッ イダダダダダダダダ!!! なっ何すん…っ」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 「…え?
  まさかお前、僕のこと、怒ってる……?

  わ――――っっ ごめん! わかった! ごめんなさい!!!

  がんばるよ!!

  ――がんばる…」

全力を尽くして、やれるだけのことをやりきって、それでも結果チカラ及ばず、何もできないと思ったその矢先に来たティムキャンピーの喝入れ。半分コメディ入った描写なんだけど、限界だと思っていた時に更に追い込まれたさいにクチから出たのが、「がんばるよ」というひと言。それはもう、計算とかどうしようだとかそういった思考とは全く関係ない、純粋に心の奥底にあった自分自身の想いであり願望なんだろーな。アタマでは無理だと考えてても、本心では頑張ると、もっと頑張ってスーマンを助けたいと思ってた、そのひたむきなアレンの姿がカッコ悪くてカッコイイんだよねぇ。



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2007/06/22