感想・小説編。

風よ。龍に届いているか(上)

著者:ベニー松山

出版元:創土社

こう見ると、それはあたかも巨大な天秤の支柱のようだ。

スケイルある龍の護る、善悪のバランスを量る天秤スケイル。ル’ケブレスへの皮肉を込めて、俺たち冒険者はこの山を"梯子山スケイル"の名で呼んでいる。

51ページ 梯子山スケイルを見上げるガッシュとジヴラシアのシーンより


実際のとこ、ジャンルはともかくとしてハードカバーの文庫作品なんて、いままで読んだこと自体あったかどーか。ともあれ本作もまた、紹介してくれた方には、この場を借りて感謝を。思わず目を惹く熱い物語の紹介、ありがとうございました。いやホント、すすめられん限りこの手の書籍は読もうとすら思わんしなー。それでは、根強いファンを数多く持つRPG『ウィザードリィ』のノベライズ作品(とは微妙に違うんだが…)、その上巻からレビューしてきましょー。

なにはともあれ、本作を評する上で欠かせないのが、コレがゲーム『ウィザードリィ』の世界設定その他を下敷きとして描かれた物語である、とゆー点ですね。実際の、シリーズタイトル中のシナリオを元にしたストーリーってワケじゃないから、実は純粋に「ノベライズ」とは言い難いところがあるんですが。まぁ、そこは別に重要な点では無し。実のところ、私個人は『ウィズ』シリーズはひとつも体験したことの無い人間(※ただしテーブルトークRPG版でなら、いちどだけプレイ経験有り。「フツー逆だろ」などのツッコミは随時受付中)なのですが、それでもいちおうゲームおたくのサガとして(笑)、若干ながらも本作のゲーム内容・作品設定などの知識は持ってたりするワケで。その点から読むと本作、世界設定を実にウマく取り込み、同時にウマく書き出した、とても優秀な小説作品だと言えましょう。

『ウィズ』の基本である、グッドイビル中立ニュートラルとゆー3種の戒律についてはモチロンのこと、魔法に関するレベル区分や回数制限、さらには戦士・盗賊などの8つの職業クラスの分類と、クラスチェンジが即座に終わりステータスが落ちてしまうことについてなどなど、これらゲーム中で当然のように存在している「ルール」について全て、シッカリとした解説を踏まえて小説のなかで書き込んでます。一般的なゲームノベライズ作品だと、こーいった事柄は大概、実態とは異なるモノへ(正確な意味の)適当に置き換えるなどして済ませがちですが。本作ではあくまで、たとえば各種魔法の効果や威力すらも、実物のゲームと寸分違わぬ内容・事象で表現してるんですよね。さすがにまぁ、小説としての娯楽性を求めて、ゲームそのものとは多少は違って見せてる箇所もあるんですけど…でも、ここまでゲーム世界の内容から”逃げない”で書かれたノベライズは、そうお目にかかったことがありませんよ。なんせ、高レベルの忍者は防具素っ裸のまま素手で戦った方が確実に強い、なんつーギャグみてーな話(でもウィズプレイヤーには常識らしい)についてすら、キチンとした解説でもって作品内に取り込んでるほどですから。そしてその上で重要なのが、それほどにゲーム準拠であることにこだわっていてさえ、小説作品としてちゃんと読めてなおかつ面白く描かれている、とゆーこと。そーいったイミで、本作はとても優秀なゲームの小説化作品だと言えるワケです。

んで。そのゲームとは無関係に、ひとつのファンタジーものとして本作を読みますと。これもまた、実に骨太に「生きること」を描き込んだ小説なんですねー。世界全土を多い囲む天変地異により滅亡直前、しかも正体不明の化物の襲来も加わり正真正銘に予断を許さない状況である某王国、とゆー舞台設定は確かにあるんですが。あくまでそれらは設定であり、物語の本体は主人公・ジヴラシアの一人称をメインとして、各登場人物達それぞれの生き様とゆーか生き甲斐とゆーか、とにかくそーいった”アレ”をじっくりタップリと読ませてくれるワケでして。基本的に私が、その手の物語が好きなのも強いんでしょーが。それでもやはり本作で表現されてるこの「生きる姿」ってヤツは、ファンタジーとゆージャンルを踏まえたとしても、充分に骨太で読み応えの内容だと思います。

大破壊カタストロフィーが今にも引き起こされんとしている、終焉を目の前にした世界。全ての異変の元凶を打ち砕くため、何よりも強い絆で結ばれた仲間パーティと共に、熟達者マスター 忍者のジヴラシアは龍神ル’ケブレスの住まう梯子山スケイルへと挑んだ。いまだ定かとならない自分自信の「望み」を抱えた、彼という”風”は、彼の山より世界を見守る”龍”へと、果たして届くのか。その真実と答えは、続く下巻にて明らかに。なぁんて。


▽自薦名場面 ― 292〜293ページ

 濃紺の世界に、嬉しそうな声だけが響く。風が木立の影を吹き抜け、ざあっと枯葉を舞い上がらせた。

 「俺は昔、西風の称号マスタター・ウエストウインドを受けた忍者だった。この夕暮れに吹く風のように、冷たくはやい疾風を思わせる、とな。殺しの技を称する呼び名よ」

 マスターの姿はもう全く見えなかった。その声すら、四方から聴こえてくるように思えてくる。

 「昔はこの呼称が自慢だったものよ。だが、いつしか急に虚しくなってな。身を引き、ニンジャマスターとして領主に仕えた――」

 声は一度途切れ、続いた。「おまえには例を言わにゃならん。最後の最後に、その虚無を満たすだけのものを遺せたのだからなあ。おまえがおらなんだら、この充実した七年もなく、寿命も今日まで持たなかっただろうよ」

 俺は不安に駆られ、マスターを呼んだ。気配を探った。どこにもなかった。

 「ジヴよ。自由な風になれ。俺は殺すだけの風にしかなれなかった。おまえは己次第で活かす風にもなれる。決して縛られぬ、運命を切り開ける風になれ――」

 声は次第に遠ざかり、やがて消えた。

ジヴラシアとニンジャマスターとの別れ。ちと長いけど、正直切りにくいんだよねー。自身の全てを受け継がせ、その上で違う道をゆくことを、違う風になることを心より望んだ、老マスターの想い。そんな人生の結末とは、どれほどの喜びに満ちたものだろうか? いやーオレってホント、こーゆー「受け継ぐ意志」とか「託す想い」ってのに弱いね!(大笑) 他にも良いシーンは多いんですが、今回はこの、虚ろに暮れゆく景色とマスターの優しげな声まで聞こえてきそうな、そんな悲しくも美しい場面を選出。



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2006/02/27