感想・小説編。
フルメタル・パニック! ずっと、スタンド・バイ・ミー(下)
著者:賀東招二
出版元:富士見ファンタジア文庫
彼はいったん言葉を切り、大きく息を吸って、 「これから台無しにしてやるぞ」 と、宣戦布告した。 17ページより
まずなんでしょーね、当サイトレビューの長編シリーズもの完結巻では上記のように、シリーズラストに相応しいシーン抜粋を冒頭に差し込むのが通例なんですが。今回抜粋するにあたってはホント一切の苦労が無いってくらい選ぶのに迷わなかったですねー。もう、それこそ「このシーンを選ばないでどこを選ぶのよ?」みたいな勢いとゆーか。初読時から一瞬で決定され、そしてレビュー執筆用の再読時にもやはり異論は生じなかったですから。普段はそれでも多少は選別が入るんですがね、今回ばかりはクリティカルに決まりましたねー。 さて本編の感想、というか初っ端からもう長編シリーズのラストとしての雑感を述べますけど。正直、大半の読者は前巻までの展開を受けて、そうそうすっきりと終わるエンディングには至らないんじゃないかと、良くも悪くも待ち構えていたと思います。実際私自身がそんな感じで今巻に挑んでいたトコロが、多少なりありましたから。ソレがなんとなんと、上記のセリフから始まる我らが主人公・宗介の怒濤苛烈なぶっ潰し宣言でファイナルの幕が上がるときたもんだ。もう、この素晴らしく良い意味での裏切りっぷりには参ったという他ありませんでしたねー!(喜色) だってさぁ、読む前はやっぱり不安だったもの、宗介が抱え続けていた一種の逡巡がどうしたって読者のテンションに直結してたもの。それがドッコイ、その肝心な主人公が完全完璧に、あるイミ前向きすぎるくらいに、あるイミどうしようもないほど開き直って、「貴様らの女々しい根性が気に入らない、だから全部ぶち壊しにしてやる」とハッキリ口上をぶち上げるとゆー、ね。その目が覚めるような強烈なまでの爽快感、迷いも何もない純粋な逆襲ムードを今巻のアタマに用意しているからこそ、ココから続く最後の戦いに対してどんな激しい作劇になろうとも、読者の中にあったハズのモヤモヤをキレイサッパリ忘れて率直に物語を、その文章が生む加速感のまま読み進めていくことができ、エピローグでしかと描かれるグランドフィナーレまで一気に楽しんでいける、そのように思います。そしてこの作劇構成から改めて痛感する点が、本作が持つ最大の魅力とはこのエンターテイメントとしてのバツグンの面白さであるという事なんですよねー。ウィスパードの謎やら歴史改変やら敵の野望やその事への是非も知ったことか、と。理屈も道理も関係無い、ただ宗介がやりたいからそうする、それを躊躇無しに真っ向から描いてみせる、それこそがこの物語を最後まで続けてきた作者の本分であり読者にとっても本来望んでいたことだ、と。奇しくもあとがきで賀東さん自身述べていますが、この作品が最終的に選択すべきは世界の謎の解明や組織間の対決の決着などではなく、あくまでも「彼と彼女の物語」であることだ、とのことで。それをこの最終巻で改めて、それも最上の形で示してくれた。だからこそ本作は完全無欠にエンターテイメントとして面白い小説作品という在り方でこの完結を見ている・見ることができているのだと考えます。つーか件のシーンでかなめに向けた言葉でも、密かに一部分がシリーズ第1巻でかなめから宗介に言われたセリフのセルフパロディになってたりするんですよねコレ(※「実はやる気がないんじゃないのか?」のあたり) そのへんもまた、シリーズをずっと追ってきたファンとしてはニヤリと来る箇所ですなー(笑) そんな最終巻の内容ですが…ここではあえてひとりだけ、主人公の相良宗介にだけスポットを当ててみようかと。ここまでの長編シリーズ、特に最終章から向こうで強いて繰り広げられてきた、彼の道行きの艱難辛苦。その終着として用意された舞台が、避けて通ることなど絶対にできなかっただろう、養父アンドレイ・カリーニンとの一騎打ちでした。そしてその最後の戦闘を通して"親父"が自身と引き替えに宗介に示した"証明"が、相良宗介とは本来こんな戦争とは関わるべきではない・そのための才能をなにひとつ持ち合わせない・そんなただの優しい少年でしかないというものでした。上巻でもマオが似たようなことを言い聞かせましたが、そのとき「もう銃なんて捨てなさい」と言われて彼は「無理だ」と答えた。レナードとの最後のやりとりでも、「お前がまともになんかなれるか」と告げられ「そうかもしれない」とやはり否定した。でも、たとえ自分の主観の中で、悩み苦しみそうして思う実感として否定しようとも、このように彼の真実は明らかにされた。そう、相良宗介は何の才覚も持たないただ優しいだけの男だった、都合12巻に渡る物語を通して示された証明はそんな事実だったのです。確かに彼はロクな素質を持っていませんでした。格闘・狙撃・AS操縦といった技能はどれも仲間の誰かに引けを取るし、思い返せば学業だって理数系の他は単位保持ギリギリの成績しか取れない有様。さらに加えるなら今巻クライマックスでも露見してます、ラムダドライバを使いこなす能力でさえアルに負けてますからね。私見ですが、仮にあのときTAROSが無事でも15時間以上もLDを連続稼働してのけるようなマネは、きっと宗介にはムリですよ。ぶっつけ本番で何時間も、それこそ核攻撃を完全遮断するほど強固な力場を発生し続けられたのは、(何度となく宗介の"手本"を見てきたとは言え)紛れもなくアル自身の才能ゆえでしょう。戦闘も勉学も特殊技能でさえも全て誰かに後れを取る、ただ唯一の取り柄は土壇場でもギリギリまで持ちこたえる粘り強さ・しぶとさだけ。そんなヤツが本作の主人公でした。繰り返し言います、この物語を最後まで走り抜き戦い抜いたのは、ただしぶといだけの少年でしかなかったのです。だけど。そんな平凡な男がこの激動の戦場を駆け抜けてきたからこそ、私達読者は本作をここまで魅力溢れる物語として楽しめたのではないかと、今またそうも思うのです。
本編の本当に最後、エンドマークの直前において。宗介は「君さえいれば、武器などいらない」と、本文上の表現ではいつものむっつり顔で告げたと示されています。ですが、私が文面を読みながら脳裏で思い描いた彼の表情は、そうではありませんでした。かなめと額を重ねてそう告げた彼は、笑って、それこそ目が覚めるような満面の笑みを浮かべて、自信たっぷりにそう告げていました。自分が描いた想像の中では彼はハッキリと笑っていました。以前は真っ当に笑うこともできず、いつ頃かにようやく笑い方を覚えたと自身を評したような、それでもまだ泣き方の分からない不完全な人間だとそんなことを言っていた男。彼はこの道行きの果てに、ないまぜな感情の中で自然と泣き、確かな喜びの中で素直に笑える、そんな普通の人間に戻りました。何の取り柄も無い平凡な少年は、あるべき普通の18歳の少年としてあの学校に帰ってみせた。だからこそこの物語は絶対のハッピーエンドなのです。例えこの先の"生"でどんな苦しみを味わうことになろうとも、語られるべきその終わりであるこの一幕は間違いなく幸福な幕引きでした。それだけは確実な自信を持って私が言える本作への感想です。
「さあどうだ! 約束通り、彼女を連れ帰ったぞ!?」 本編最後のシーン抜粋はココ、級友を前に堂々宣言する相良宗介の雄志!! そう、誰よりもタフでガッツがあってしぶといこのコールサイン・ウルズ7こと我らが軍曹、否、旧ゴミ係である男は、どんなことがあっても友達との約束を守り抜くヤツなのです。そしてこのラストがあるからこそ、この作品はこの物語は、他の誰でもない相良宗介のものなのです。なおこの見解に関して異論は断固として受け付けねぇ(豪語) |
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2010/09/29