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感想・漫画編。

TWIN SIGNALツイン シグナル 19巻

著者:大清水さち

出版元:ガンガンコミックス


初めて自分より強いロボットと会ったのはいつだろう?

昔のぼくは 自分が一番強いんだって そう思っていた
他に強い奴がいるって 最初はすっごいむかついた 認めたくなかった
でも…今は ぼくより強い奴に会うのは とても楽しい!

ぼくはもっともっと強くなれる!!

167〜172ページより

科学によって生み出された、人に似てヒトならざる知性、それがロボット。頭脳集団シンクタンクアトランダムの造り上げた人間形態ヒューマンフォームロボット・アトランダムナンバーズ、その中の最新作A-Sシグナルを主人公として描かれたこの物語も、この第19巻をもって完結です。ヒトとロボットが迎える明日を、彼はどのようなカタチで思い描き、どのように共につくっていくのか――

さーてさてTS本編最終巻であります。いや〜、やっとココまで来れたなぁ!(爆笑) まぁ私の本音は置いとくとしてだ、ラストの今巻で強いてスポットが当てられてるのは、シグナルとクオータのロボットしての様にありましょう。まずは我らが主人公・シグナル君から。目立っての主要点は120ページ前後にあるクイーンとのやり取りですかねー。人間の言うこと=命令を聞くことが当然の在り方であるハズのロボット、なのにシグナルは「悪い命令なんて聞かない、そんな命令を出したドクターはぶっとばす」と言ってクイーンを倒しました。ヒトに求められて初めて生まれ出るロボットは、人間の命令を聞くからこそ其処に居ることを許され、それゆえ自己の判断よりもヒトの命令にまず従おうとします。わりあい奔放な性格のクイーンですが、クオータから、すなわちDr.クエーサーからの命令にだけは必ず従ってましたからね。なのにシグナルは、自分自身の意思にこそ判断の絶対性を置き、その主観(まぁ簡単に言うと正義感だな)とはそぐわないDr.クエーサーを倒すと宣言した。「ヒトに造られた存在ロボット」である彼が、自己の判断によって「ロボットの創造主ヒト」を裁くと決断したワケです。抹殺計画編に突入してから特に、シグナルのロボットとしての特異性は強く示されてきましたが、こーして振り返ると一層に、ロボットではない、けれども人間であるワケでもない、従来とは違うロボットの範疇を超えた存在であることが見えてきます。とはいえシグナルの在り方は、決して不気味さを覚える異質ではなく、希望を感じさせる良き新しさであり、だからこそ本作の主人公として確かに”立つ”ものなのでしょう。

次にクオータですか。…あー、いきなりハナシ逸らすけど、ドクターの真相について、当時の連載で読むまでオレ全く予想できなかったんだよなー。よーく考えりゃそこら中にヒントあったのにねぇ。読んでよーやく「あぁそうかソレか!」とか思ったりして。閑話休題。シグナルと違い、彼は徹頭徹尾あくまでも制作者ドクターの下した命令にのみ従い続け、それを守るために、ドクターを死なせないために殺すという、究極的な矛盾すら実行してみせました。でもその全行動の真の本質にあったのは、「ドクター自らの手によって自分は抹殺されたい」という、たったひとつの潜在的願望。制作者の意思にこそ判断の絶対性を置き、そうしながらも自分自身の願い=自己の判断すら確立させていた存在、ソレがクオータの真相です。その在り方は従来のロボット観からは逸脱していて、彼もまたロボットの範疇から外れた存在だと感じられるワケで。そのイミではシグナルとクオータとは近しい存在と言えるのでしょうが…でもクオータの特異性はやはり「ヒト以外」である事に対する恐怖を覚える異質であって、それゆえにシリーズラストで主人公と敵対する最後の敵として、不足無いものだったのだと思います。そしてさらに、ワキに逸れますけど、彼のオリジナルであるオラトリオもまた、人間ではなくORACLEという機械のみに従うロボットであるという点で、得体の知れない異質さを内包した存在として描かれたワケです。


…さぁて、いよいよ本作の総括にでも向かってしまいますかっ! このマンガで最も特徴的だった要素はズバリ、人間とロボットの交流を描いたドラマでは大概の作品で取り上げられてくるテーマ、「なぜ人間とロボットは違う存在なのか」という現実に対して悩み考察していくような、いわゆるピグマリオンコンプレックスを描く方向に向かわなかった点にあると、私は考えています。コレについてはもっとも、ソッチ方面に向かう作品で必ず描かれる「ヒトとロボットとの恋愛」が本作には基本無かったから、ってのもあるでしょうが…それでもやはり本作では、ヒトとロボットとはあくまでも違う存在であるという事が終始一貫しており、その上で互いがどうやって繋がっていくのかを描き続けてきました。

早々に結論を出すと、私自身レビュー中でも何度か言っている通り、その答えは「家族」なのでしょう。シグナルにスポットを当ててみると…彼にはパルスを始めとしたがいて、電脳空間ではエモーションが育てので、生まれ故郷の音井ロボット研究所には教授やクリスといった身内がいて、若先生やカルマたちにしたってまた同様に親戚で、そして何より信彦は彼ので。これら皆々との間に、具体的な”なにか”は一切ありません。シグナルと信彦とに血縁なんてモノは当然無いし、パルスたちとの関係にしたってドラえもん宜しく(笑)同じオイルを使っているってワケではない、単に同じ制作者だから慣習の一環でそのようになっているって、たったソレだけ。でも彼らは、そうしたことにお互い思い悩んだりしません。確かなものなんて何も無くても、互いが兄弟であり身内であると感じているだけで、目に見えないカタチも無い”きずな”だけで共に在り、また共に在りたいと願っている。この作劇が示しているのは、其処に”想い”があるならヒトとロボットは「家族」になれるということ。シグナルと信彦が最初から最後までそうだったように、互いが互いに絆を感じていて、互いが互いを兄であり弟だと思っているなら、その両者は兄弟であり家族なんだということを、本作ではずっとずっと描いてきました。

最終決戦でDr.クエーサーは語ります。「ヒトはおのれを制御できない未熟な存在。ロボットはその”不完全にんげん”の模倣でしかない。そんなロボットなど手に余る”鏡の影”、世界に生まれるには早すぎたのだ」と。それにシグナルは答えました。「ヒトもロボットも不完全なら、ぼくらは手を取り合い支え合って生きてみせる」と。ドクターの結論は、きっと真実なのでしょう。人間クリエイター以上のチカラを持つ彼らアトランダムナンバーズは、だからこそ未熟なヒトの世にあってはならない、そうなのかもしれません。でも、未熟だからこそ共に生きていこうと願うシグナルの姿は、ヒトにもロボットにも兄弟を、大切な家族を持つからこそそう在りたいとする、ヒトともロボットとも違うその上で互いを繋ぐ希望のシリウスなのだと思います。ヒトとロボットは決して同一ではない、あくまで別個の存在だということを明確にしつつ、その”違うもの”同士である彼らの在り方として一緒に”いきて”いく姿を、ヒトとロボットは家族になれることをテーマに描いたマンガ作品、それがツインシグナル。世間にはヒトとロボットを描いた物語として様々な作品がありますが、その中でやはり本作こそが私にとっての原点にして頂点なのだと、これら19本に及ぶレビューを通して再認識する次第です。


今はまだ、その姿を世界の何処にも探せないけれど――ずっとずっと遠い明日の先に、アトムでもなくドラえもんでもなく、アラレちゃんやマルチやライムやキャナルや茜ヶ崎空とも違う(←テキトーに思いついたの列挙してみた)アトランダムナンバーズと呼ばれる”彼ら”にこそ出会いたい。そう、このマンガを知った15年前から、変わらず願い続ける私です。

いつかどこかで、未来が創る機械の友ロボットに巡り会える日を――



▽自薦名場面 ― 145〜146ページ

 「でも信彦。父さんも大人になって思ったんだ。親ってね、子供に大人が背負うべき責任を持たせたくないんだよ。なるべくね」

 「――なんで?」

 「子供はすぐ大人になるからね。大人になってしまったら嫌でも責任を背負わなきゃいけないのに、親としては―――――しのびないんだ。
 子供には子供の時間をせいいっぱい楽しんでほしいのさ」

ツインシグナル本編ラストの名場面はコチラ! 最終決戦を前にしての、正信と信彦の親子のやりとり。いやーねぇ、雑誌連載で読んだときもハッとしたくらいだったんだけど、今また読んでも印象変わらないなぁ。本レビューを読んでくれてる”大人”ならみんな分かってくれるでしょう、この若先生の言葉、驚かされるほど真実じゃない? このシーンを描いた時点で大清水さんにお子さんはいなかったハズだけど、それなのによくこんなセリフを言わせられるよなぁ、って。私自身もまだ子供は持ってないけど、歳を重ねるごとに一層、このセリフの真実を思い知っていく気がします。子供や大人、そしてその間に立つ人々、それぞれの立場や視点をシッカリと描き分けて紡がれる物語。ツインシグナルはそんなマンガでもあるんだよね。



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2008/01/25