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感想・漫画編。

 スパイラル 推理の絆 15

原作:城平京 作画:水野英多

出版元:ガンガンコミックス


「終わりにしようか。運命の物語を」

114ページより


呪われた子供達と呼ばれる存在・ブレードチルドレンを巡る事件から端を発した推理の物語、第15巻にてシリーズ完結。かつて「名探偵」と呼ばれた男・鳴海清隆がとうとう表舞台に姿を現し、その"運命"に勝利するため、鳴海歩が最後の"論理"をもって立ち向かう。

さあさぁ最終巻。伏線として語られるべき事柄は、前巻まででそのほとんどがすでに白日の下にさらされており、この巻で描かれることはもう、わずかなバックボーンの解明とあとは鳴海兄弟の最初で最後の対決のみ、という。そういうワケで、とりあえずは表紙を飾るお二方についてじっくり語っていくとしましょーか。

まずは主人公・鳴海歩。最後の最後まで、鳴海清隆の仕掛けたありとあらゆる罠を論理の限りに推理し、見抜き、全ての高みにあった"兄貴"を制してみせた彼。それは、神でも悪魔でもない、ただ何も信じないで此処まで来たひとりの少年でした。全ての絶望と暗闇を見つめ、それらを受け止めてなお何もかもを信じず、だからこそ誰にも辿り着けなかった場所に、神と呼ばれた鳴海清隆でさえ手の届かなかった"場所"に至ってみせた、それはただの少年でしかなかったのです。183ページ、彼が対決のあとで彼女に訊かれて答えた言葉は、きっと一欠片の偽りもない本心だったのでしょう。ただのやせ我慢、そうすると決めてどうにかやれてるだけ、ヒトから見れば信じがたいまでの暗闇の中で、彼が確かに自分の足で立っていられるのは、本当にたったそれだけのこと。何を悟ったワケでもない、そういう意志がソコにあっただけ。でも、本当に彼には何もなかったのだろうか。兄を一発ぶん殴って恨みっこなしと笑ってみせて、それだけで全部は済んでしまうのだろうか。私はたったひとつだけ、"あった"のではないかと思います。それは彼女との絆なのではないだろうか、と。それを確かめたワケじゃあない、カタチなんて無くてあまりにも不確かであいまいに過ぎて、でも、それゆえに信じられる想い、それが最後の最後で彼の支えだったんじゃないかと。

その"彼女"は、全ての対決が終わってのエピローグである最終話にて、鳴海清隆に問われてハッキリ答えました。「あなたなんかだいっきらいです」と。当然でしょう。彼女があの「神様気取り」を許すいわれなどどこにもないのですから。彼の企みさえなければ、もしかしたら歩の傍らにずっと居られたかもしれないのに。いや、言ってしまえば彼の企みさえなければ、歩と出会って本気の"想い"を抱かずに済んだかもしれないのに。195ぺージ、どことも知れない並木道で別れを告げたあとで、ひとりきりで耐えきれず流したその涙は、彼女に宿ったその気持ちが本物だったから。そこまでの強くてハッキリとした想いがあって、それでもやはり別々の道を行くことを選んだ、選べたのは、そうすることが自分たちがその意志で切り開く道だったから。その道を進んでいくことが彼との絆だから。

歩にもひよのにも、その手の中にカタチとして残ったモノは何もありません。カタチにして残してしまえば、ここまでして勝ち取った意志さえ崩れてしまうから、だからふたりは全てを手放して別れを遂げました。でも、本当に何もなかったのか。やはりあったんだと思います。それは互いの胸の中の想い。互いの絆。たとえその始まりが鳴海清隆の企みから起こったものだったとしても、たとえ仕組まれた残酷な罠だったとしても、互いが抱くこの気持ちだけは間違いのない本物だと感じていられたから。ウソとまやかしだらけの暗闇の中で、どれだけささやかに過ぎたとしても唯一確かにあるものだからこそ、歩は仕組まれた裏切りを乗り越えることができたんだと思います。不確か極まりない再会にも、ひよのは笑って約束できたんだと思います。カタチになんて残らなくても確かにあると"信じられた"もの、それがふたりの中のだったのではないでしょうか。

…う〜ん、ココまでつらつら言葉を並べてきましたケド、イマイチ上手く語れてる自信が無いなー(微苦笑) まー私がアレやコレやと重ねたところで、この物語の結末がひととき訪れた幸福の中に締めくくられる、美しいラストシーンを迎えたソレだけは正しい事実ではないかと思います。結局のトコロ、ありとあらゆる企みと絶望を切り開いてみせたのは、彼や彼女の強い意志、それがあったがゆえのモノだったんでしょうね。「自分を救えるのは自分だけ」、「どこかの神様に救ってもらおうという発想がそもそも不健全」、「成功するから信じるだなんて不純な話だ」―― どこかの誰かを信じること、それ自体は悪いことではないと思います。でも、その"誰か"をただ信じるだけで自らが何もしないのは、あまりにも虫が良すぎるんじゃないか。信じるモノがあっても、信じるモノが無くても、どんな所に自分が立っていようとも、本当に望むモノがあるならソレを自分自身で得ようとする意志をその身に心に強く描く、そうしたときにこそ"本物"は手にできるんじゃないのか。

絶望も幸福も現実も夢も、他者のチカラに頼ろうとせず自らで切り開いてこそ辿り着ける場所がある。たとえ暗闇へと延びる道を進むことになったとしても、自分の意志をゆるがすことなく紡ぎ上げてみせてこそ、その向こう側で待つものに至ることができる。自らの足で立ち、自らの意志で歩むものに、まるで「孤独の中の神の祝福」がごとく、誰にも奪うことのできないとてもいものを手に入れられるのではないのだろうか。…コレが頼りない不確かなことだとしても、そうする・そうしようと思い描く意志の価値は、何よりも貴く素晴らしいものだと私は感じます。

そしてこの物語で、歩とひよのは最後にそれを手に入れました。だから、この物語はふたりの物語。神と呼ばれた男・鳴海清隆が賽を投げて、ありとあらゆる喜劇と悲劇と活劇の重なりの果てに、彼と彼女の意志によって結末までが描かれた物語。彼が選び取ったらせんの運命の向こう側に、彼女と交わしたの先に、誰にも壊されることのない確かな幸福があることを。その時間が、「なるべくなら良き日々がありますよう」、そう祈って……



▽自薦名場面 ― 241ページ

 「ひとつ、聴いてみるか?

 「…そうですね。鳴海さんが『どうしても聴いてくれ』と頼むんでしたら」

 「…じゃあ 『どうしても』、だ」

最終話、最後の会話より。たとえもう一緒には居られなくても、もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれなくても。絶望と共に一度は捨て去ったピアノを、本当に心の底から「どうしても」聴かせたい相手に巡り会えたのなら、それは間違いなく幸福な時間に至れたのではないだろうか。少なくともこの時の歩は、世界中の誰でもないたったひとりの女性のためにピアノが弾ける、ピアノを弾きたいと思う、そのことへの幸せを強く実感していたんじゃないだろうか。いやー、この巻からはほんっとーに、どこを選ぶか散々迷い倒したんだけど、最後の最後、ひとときの中に最高の幸福が描かれたラストシーンを選出!



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2008/05/12