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感想・漫画編。

惑星ほしのさみだれ 2巻

著者:水上悟志

出版元:ヤングキングコミックス


惑星の命運を巡る人々の物語、2巻目。…って、そうか、あの事件ってこんな初期段階で起こったことなんだっけなぁ。ともあれシリーズを通しても最重要となる出来事が早々に発生。そして新キャラは、カラスの騎士・東雲三日月しののめ みかづきが巻末話にて登場。こうして、「物語のプロローグ」はこの巻で終わりを告げる。

さてそんな次第で、2巻というこの序盤の段階で東雲半月はんげつが死亡、物語の舞台から早々に姿を消してしまいました。しっかしコレ…巻を順に追うだけの上では、早くに描かれた衝撃の展開といった内容で、読者側に対し効果的な作劇となってますけど、作品全体としても"コレ"をこの段階で持ってきたのはワリと重要だということに、後になって気付いた・気付かされましたね。なんとゆーか、作品冒頭、それこそ第1話ぐらいの状況ではまだ、突飛な設定世界の物語だなぁぐらいの印象しかなかった、いちおう夕日が直接戦闘を強いられてソコで危機感は描かれてましたが、それも深刻さの面では薄いところがなくもなかった。ところがこの2巻でもう、ふとした拍子にアッサリ登場人物が死ぬ、本当の命がけの戦いが描かれる作品だという認識をド直球で示してきたワケで。そしてさらに、物語の中で登場人物を殺すという、良い意味でも悪いイミでもインパクトの大きい作劇手法に対して、そのキャラの死が周囲の人々にどのような影響を及ぼすのかをしっかりと描く、"死"が作品の中で正しく活かされてその上で物語が進む、本作はそういうマンガなのだという認識もまた与えてきます。

なんというか…個人的に抱く創作物への願望として、劇中でキャラを殺す・死を描くのは別に構わないんだけど、その死にちゃんとした"重さ"を持たせてほしい、なんの意味もなくただの作劇の都合だけで死なせるっていうのはやめてほしいと、前々から考えておりまして。"現実"は本当に無慈悲だから意味も理由もなく人が死ぬけれど、人の空想=物語の中でくらいは死に対してソレが何を世界にもたらすのか、そういう死の意味を盛り込んでもらいたいと思うんですよねぇ。ただキャラを殺すだけなら小学生でも書けるでしょう、でも創作のキャラクターは作品内で"役割"を持つ存在なのだから、死ぬとしてもソレがもたらす"何か"をちゃんと描いてもらえないと、私なんかは納得しがたく映るんですよね。その点、本作で描かれた東雲さんの死は、喪失によって刻まれてしまった心の傷、それでも遺された何かを繋げようと生きる人の想い、もう二度と会えない彼と出会ったことの意味、そうした事々をしっかりと描く、誰かの死が世界にもたらす"もの"を正しく語ってみせる骨のある作品であるというのを2巻時点でハッキリ見せてくれています。やっぱさー、お話の中で誰かを殺すんならこーゆう風にやってもらいたいんですよねぇ、本作の場合、これが巻数重ねてもちゃんと忘れられることなく物語の中で息づくように続いているのが、また素晴らしいんだよなー。



▽自薦名場面 ― 79ページ

 「大人が笑うのはな、大人は楽しいぜって子供に羨ましがられるため。
  人生は希望に満ちてるって教えるためさ。
  …おれの大人論。ひひひ」

そんな東雲半月の遺した言葉のひとつ、彼の大人としての持論。私もすっかり大人とゆーかオッサンの年齢になっちまったけど(笑)この大人論はマンガ出展だとかっての関係無しに、確かにそうありたいと思っちゃったなー。やっぱり子供達に向ける大人の顔ってのは、小難しくて暗い顔よりも、楽しそうな顔こそを向けていたい、そういう人間でありたいと思うんだよね。いつか大人になって現実を知るのが仕方無い真理であるなら、そうなる前の"子供"である間はせめて、そんな風に未来を見てもらいたいものです。ホントに。今巻は色々迷わされたけど、場面ってよりは名言であるコレをチョイス。



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2010/04/28