感想・小説編。

旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。

著者:萬屋直人

出版元:電撃文庫

全てを捨てて旅に出ないか。
そう問われて、即答できる者はどれだけ居るだろう。
でも、僕は答えた。
あの日の情景は写真のように鮮明に記憶に刻まれている。
全てを捨てて旅に出ないか。
そう問われ、僕はイエスと答えた。

10ページ 序文より


――どんな時だって ふたりで笑うとこんなに楽しくなれる ――

唐突ですが、もしこのレビューをご覧になってから本作を読もうと思う方がいたなら、読書前にひとつ楽曲を、オトナモードの『風になって』を聴いてから拝読していただきたく思います。まーなんでしょな、あえて言えば曲中で歌ってるのは原付でなく普通のチャリンコとゆーのが唯一惜しい点なんですが(笑) 雑談は置いといて、同レーベルの大賞募集で最終選考に残っただか何だかしたらしい(←ちゃんと調べろよ)著者のデビュー作品、つらつらと感想を並べてさせてもらいましょう。

もーホントこの物語、至る所にこれでもかと魅力が詰まりまくっております。まず何より語るべきは、主役である「少年」と「少女」のふたりでしょうね。このふたりがあまりにも等身大の、まさしく「少年と少女」であり、そんな彼らのやり取りやそこから紡がれる物語の、身の回りで起こる出来事の様が、本当に彩りと光に溢れた様子で描かれていくのがたまらなく良いのです。何を置いても、少年がホントにフツーの健全な男子高校生なのが素晴らしい。つーかなんでしょね、そこいらのライトノベル作品の少年主人公って、「オマエなんか悟りでも開いてんのか?」みたいなみょ〜に達観した性質・思考のヤツだったり、「キサマは本当に性別・男なのか??」みたく異様なまでに性欲の欠片も見受けられないよーなヤツばっかりじゃないですか。イヤまぁ、ソコを踏まえてアレやコレや面白く描写する作品も多々あるから一概に否定もしませんけど、でも現実的にチョット普通とは言い切れない男子が出てくるのがワリと多め。少なくとも私個人の感覚・印象としてはそんな感じです。ソコいくと本作の少年は、その優しい性格には率直に好感を抱きますし、少女へはハッキリ恋愛感情を抱いていれば同時に、並の高校生なりにストロベリィな展開も望むトコロだったりしつつ、それに何より適度なサドッ気も持ち合わせてたりするとゆー。人物としてはホント普通の男の子なんですけど、ソレがより好感を抱かせるのです。そんな感じは少女についても同様で、なにかにつけて拳か蹴りが飛び出すのが危険だけど(笑)明朗快活な性格は見ていて楽しいし、乙女らしい恥じらいはあれど少年にはストレートに恋していて、またあえてソレを隠したりしていないトコロも実に好印象。そーなんですよね、年頃の少年少女がこーやって道連れに旅をしていてソレで相手に特別な感情を抱かないなんて、そんなワケが無いでしょうよ。好きだから旅をしている、一緒にいたいから共に連れ添う、ソレが当然、普通です。そんな風な、当たり前のことを当たり前に描いてみせる本作の人物描写は、堅苦しさを抜きつつも程度が低いワケではないコレまた気兼ねが無い地の文章と合わせて、つくづく魅力的に彼らの旅を描いております。

そしてまた私の心をくすぐるのが、本作のベースとして描かれていく事柄、「旅」と言うものですねー。そう、「観光」でもない、「旅行」とも違う、「旅」なのです。ふたりが続けているのはあくまで旅。そしてその目的は、その目指す場所は作品タイトルにある通りのもの、「世界の果てまで」です。世界の果て。ソレはそれこそ、世界中どこまで行っても決して有りはしない"場所"。どこまで道を進んでも、エンジンが壊れるまでスーパーカブを走らせ続けても絶対に辿り着けはしない所。だけれども、彼らはなにも「無い物ねだり」をしてるのではない。ゴールの無い場所を目指すのは、終着を求めているワケじゃないから。実現させたいワケじゃあない、その意味の無い目的地を目指す、そのことが楽しくてただ挑んでみたいから、この毎日の向こう側で後悔なんてしたくないから、だからふたりは旅を続けているのです。

……ちと私自身の経験バナシになりますが、私もこれまでに何度か旅をしたことがありました。イチバン最初に数えることになるのは、ハタチの時の自転車ひとり旅ですかねぇ。まるまる2週間かけて、バイトで貯めた金を注ぎ込みまくって、真夏の北海道を半周するカタチで旅をしていました。青臭いコトをあえて言わせてもらえば、あの時に見たこと触れたことの全ては、「人生の中で最も楽しかった時間」として今でも確かに刻み込まれています。その時の私、いえ、オレの旅もそうです、目的地を求めての旅ではなかった。いちおうのゴール地点に定めた場所はあったけれど、ソコへ行くために旅をしたかったんじゃなくて、もっともっと違う"コト"を求めて、"そんなもの"を見つけたくて、だからあのクソ暑い空の下で道の上でひたすらペダルをこいで旅をしていた。

だから、私には彼らが、少年と少女が"何をしたくて"その旅を続けているのか、自分なりに理解できるんですよね。年頃の高校生らしい、それこそ「見えないモノを見たくて」、それで旅をしているってコトじゃあない、きっと"そう"なんじゃないかと思うんです。私がこんなにもこの物語に惹かれるのはきっと、そういう共感が――まぁ実際のトコその内容は大きく違うんですが――でもその上で気持ちが分かるつもりだから、なんだと思います。

この作品で描かれるのは、ひとつの出会いとひとつの別離、そしてまたひとつの巡り会い、そんな旅の最中で起こった出来事を描いた少年と少女の物語です。旅行ではなく「旅」をしたことがある人ならきっと、色々なコトを感じたりあるいは思い出したりできるんじゃないか、そんな読み切り作品。少年の隣りにはいつも少女が、少女の横には必ず少年が、どんな時でもいるから、だからふたりの旅は続いている。そんな彼らの旅の様子を、ぜひ一度ごらんいただきたく思います。…えぇと、実のところ本作を紹介する上で、今回あえて取り上げなかった要素があったりしまして。まぁつまりはストーリー設定なんですけど、ソコはきっと読んで初めて知ってもらった方が良いと思うので、伏せていたとゆーコトを表明しつつこの場では隠したままでおきましょう。

――もしも自分の身にこの作品世界と同じことが起きたなら、間違いなくオレは旅に出るでしょう。あの時できなかったコトをもう一度求めて、此処じゃあない何処かまで行きます。私にとって本作は、そんな20歳の時のあの気持ちを、旅の中で得た様々な想いをまた呼び起こしてくれた、そんな物語でもあるのです。…あぁ、だからオレはこんなにもこの物語が好きなんだろうなぁ。それでは最後に、本作を読了されたらその後にまたひとつ楽曲を、MY LITTLE LOVERの『Hello, Again 〜昔からある場所〜』をお聴きください。どこまでも続いていく少年と少女の旅を想いながら…

――キミは少し泣いた? あの時見えなかった ――



▽自薦名場面 ― 292ページ

 訝しげな周囲の視線に、少女が頭をポリポリ掻いた。

 「あのね、知らないようだから言っておくわ」

 ずん、と大きく足を広げ、少女が腕を組む。

 「少年はね、私の物なの。んでもって私は、少年の物なの。だから、駆け落ちなんて絶対に有り得ないわ」

 迷いなく、断言した。

周囲の疑問もどこ吹く風、まるでソレこそが宇宙の真理と言わんばかりに断言する少女。私がこのシーンを最初読んで「うわ、ヤラレた…!」と思わされたのは、この「滅びゆく世界」の中で、彼女は(そしてきっと少年も)「自分が何者なのか」を迷い無く分かっていると言うことで。こんな、何もかもがが不確かになっていく日々にあって、自分という存在が"何"なのかを確固として言い切れるなんて、この眩しいくらいの力強さはホントなんだろうか。このパワーとキズナがふたりの在り方を決定づけているのかもなぁ。




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2008/06/29