感想・小説編。

ひと夏の経験値

著者:秋口ぎぐる

出版元:富士見ドラゴンブック

時は一九九〇年代初頭。

日本国内はそれなりに平和だった。

おれたちは男子校の二年生で、女の子とつきあったことなんて一度もなくて。

そして、夏休みまであと二週間足らずだった。

22ページ プロローグより


本作、同レーベルのTRPGリプレイ文庫作みたく表紙上部にそーゆー表示が入ってんだけど、よーく見たらこの作品だけ「Role Playing Nobel」ってなってて微妙に違うのね。他のは最後が「Game」だもんな。ソレはともかくとして、およそ前代未聞なTRPGのセッション内容を題材にした物語とゆー小説、ひと夏の経験値のレビューをお送りしましょ。にしてもこの本、カラー挿絵の大半がずぶ濡れな女の子のイラストなのだが、コレは絵師の趣味なのだろーか。余所で読んだ濱元さんのマンガ読む限りだと、その可能性はかなり高いんだよな(大笑

まぁなんだ、まず言っておきたいトコロなのは、テーブルトークRPGに一度でも触れた事のある人は誰でも一目読んでいただきたい作品である、とゆートコでしょうかねぇ。TRPGというアナログゲームの特異性やそれ故の面白さ、独特であるがゆえの難しさとだからこその中毒性、そーいったTRPGの魅力が、まさに題名通りひと夏の物語と共に描かれていて、その点で私のよーなゲーム経験者には不思議なほどに面白く読める読み切り作となっているのですよ。も少し言えば、本作で通じてセッションしていくのはキャンペーンシナリオ、いわゆる単発でない続き物のシナリオなんですけど。ココでもまた作中でのセリフ通り、キャンペーン独自の醍醐味ってヤツを登場人物らが楽しんでいるその様子に、共感を覚えてまた面白い。

と、そんな事を言ってるとTRPG未経験者には面白くない作品のようにとられてしまうかもしれませんが。なんのその、本作はひとつの青春ストーリーとしてもまた充分に面白いのですよねー。んでこの青春描写がまた、ひと言で表すなら生々しい青春なんだよな〜コレがさ(笑) それも別にマイナスイメージだけで言ってんじゃなく、良い意味でもやっぱり悪い意味でも生々しいのですよ。ストーリー全体で描かれることになる友永ともながたちと菜々子ななことの関係(あるいは、距離感?)は元より、ゲームから去っていったタナケンのその理由や、彼らがTRPGという”趣味”に傾けまくっているその情熱の様、細かいトコも挙げてけば54〜55ページでの友永の(実はメチャクチャ自分勝手な)内心の怒りと動揺や、古田ふるたさんがベテラン視点からシナリオのダメ出しをするトコだとか、とにかく作中で描かれているそのことごとくが生々しい。ソレはつまり、それだけ本作のストーリーやキャラの描かれ方に大して共感を覚えさせられてるってコトで、まさに著者の狙い通りってヤツなんでしょーケド。まーなんだ、ビミョーにノンフィクションだったりするからなのかもしれんケドさ、とにかくそんな”共感”に対してまた、”抉って”くるよーな一種の痛さを感じると共に、夏を舞台にした青春を描く物語として、なんとも独特な魅力を持つ短編に仕上げられているのです。

ところでだ、まるっきり話題ずらすけど、本編でセッションやってるゲームってソードワールドだよなぁ? 途中々々ではロードス島戦記だのギア・アンティークだのメタルヘッドだの実名出してるのにね(←つーかコレらシステム名、メイン対象読者であろう中高生相手にはまず通じないんじゃねーか?(笑) 90年代を舞台にした物語だから、その点ではリアルなんだけど。てかオレ、ギアアンってやったこと無ぇや。ロードスですら微妙にアヤシいな) もっと言えば、セッションの中でも明かすのはプレイヤーの本名だけでPC自身の名前は一切出してないんですよねー。きっとこの辺意図的にやってるんだろーけど、その意図がよく分からないんだよなぁ。劇中劇(…とは違うか?)のキャラ名まで出したら読者が混乱しかねないからだろか。まぁどーだって構わんコトと言えばそーなんですけど。

ともかく。そんなこんなでTRPGを楽しんだ事が一度でもある方には超オススメ、そうでなくともいち青春ストーリーとしてハッキリ面白い短編小説である本作・ひと夏の経験値。巻末解説の繰り返しみたくなってしまうんですけれど、何かに熱中していた青臭い時期を過ごした経験のある人なら誰もが胸を打たれるであろうこの作品、それも今までに無い題材で描かれるこの作品は、独特さと普遍性とを併せ持ったやはり特殊でその上で確かに面白い物語なのです。



▽自薦名場面
 ― 248ページ

 「たしかに、最初に聞いたときは驚いてしまったわ。でもこの子にとっては」

 そう言い、彼女は自分のキャラクター・シートに目を落とした。

 「予測不可能ではあったけど、わかることでもあったんだろうなって。この子は彼と一三年間もいっしょだったんだから。あたしはその時間を見たわけじゃないけど、想像はできて、だからなんだか胸がいっぱいになってしまって」

 彼女はキャラクター・シートから顔を上げ、おれの目を見つめてきた。泣き笑いみたいな表情が浮かんでいた。いまだに高揚感から冷めきらない様子だった。

 「すごくおもしろかった。こんなの初めて。お話の主人公になった気分。お姫様になったみたいな――実際は戦士だったわけだけど。でもそんな感じ。楽しかったし、すごくうれしかった。うれしかったの」

 いますぐ死んだっていい。

全セッションが終わったあとの菜々子のセリフ、とゆーか感想。なんてのか、このシーンにはTRPGの魅力やその特殊性だのといったモノが全部詰め込まれてるように思えるんだよねー。いわゆる主役キャラをロールしていくこと、それもキャンペーンで演じるコトの面白さ。キャラクターはプレイヤーの”分身”、なのだけど、「ゲームで活躍するキャラ」と「セッションするプレイヤー自身」ってのは別個の存在であるという微妙なその感覚。そして、これほどに感動してくれた・感動させられたことに対するゲームマスターとしての嬉しさ。最後のは、GMとしての嬉しさと同時に恋する少年として彼女の心を動かせたことへの感激も含まれてるワケで、お話はココでまだ終わらないんだけど、締めくくりとしてまさに最高のシーンと言えるのではないか、と。




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2007/08/27