感想・小説編。

ミミズクと夜の王

著者:紅玉いづき

出版元:電撃文庫

 「ねーねー綺麗なおにぃさあん
  あたしのこと、食べてくれませんかぁ…………!?」

 「――去れ、人間。私は人間を好まぬ」

 「だいじょうぶだよーあたし人間ちがうしー」

7ページ プロローグより


う〜ん、今回の序文抜粋、ビミョーになんか違うような感じがあるなぁ… まぁイイや、ともあれ他薦品からのレビュー好例、事前の謝辞からまず。とても素敵でやさしい物語の紹介、心からありがとうございました。もーホント、例えまれにとしてもこういう作品との巡り会いがあるから、ヒトからオススメを訊くのはやめられなませんな! では、ライトノベルレーベルの電撃文庫にありながら、良いイミで"らしくない"本作・ミミズクと夜の王のレビューに取りかかると致しましょう。

この物語をひと言で表すなら、それこそ本著再後記の解説にある通り、「おとぎ話」と称するのが最良の的を射た感想だと言えます。有川さんの言葉から直接借りるなら、「作品世界の詳細を語る必要がまったく無い、『昔々あるところに…』だけで構わない」という、そんなひとつのおとぎ話なのです。ただあるがまま、この260ページ強で語られ・描かれる内容だけがあれば他に提示されるべき作劇・表現が一切なくてもそれで構わないと思える、それがこの物語の内容。読んでみると実際には、設定世界がもっと広がっているように感じるトコロもそこかしこにあるのですが、でも本作を楽しむ分にはまるで必要性を覚えないという。"無い"ことに物足りなさを感じない、"コレだけ"があればソレでイイ。なぜならコレはそういうおとぎ話だから。

そしてもう少し言葉を増やして評するなら、今度は冒頭からの繰り返しになりますが、「とても素敵でやさしい物語」、そういう作品だと私は思っています。不可思議な夜の森の様子だったり、夜の王・フクロウが描く絵画の彩りだったり、クロが語る昔話だったり…紡がれる色々な物事の描写がどれも素敵で美しい。そして、アンディとオリエッタの愛情が、クローディアスの友情が、なによりフクロウの親愛が…登場人物達の描かれる様のどれもがやさしくて温かい。取りたてて描かれてはいませんが、宮廷魔術師のリーベルもきっと悪人なんかじゃなかったんだろうなぁ、そんなことを思わせてくれるほどに全ての人達がやさしい心を持って生きている、そんな人物描写で進んでいく作品。ただひたすらに率直でひねりが無くて、真っ直ぐなばかりに描かれるこの物語の世界が、何より心地よくて綺麗で素晴らしくて、そして面白いのです。美しく広がる情景を思い起こさせる作品描写と、思いやりの心に満ちたキャラクターによる人物描写が織りなす、どこかの幻想世界ファンタジーを舞台にしたおとぎ話。ミミズクと夜の王は、そんなひとつの物語なのです。

そしてそしてさらに、この作品はまた、ミミズクという少女が"生きる"物語でもあります。いや、今の表現はあまり正しくないですね、おとぎ話のようなこの世界で描かれるミミズク自身が"ほんとうに生きる"までを描いた物語、それがこの作品の実体だと言えましょう。何もなかった・何も持たなかった・何も知らなかった女の子。過去も未来も無く、痛みや涙の意味も、愛というのが何なのかさえも分かっていなかった彼女が、人を知り、世の中を知り、優しさと愛と涙を、恋を知って、自分自身がたったひとつ望む居場所を見つけてそれを手に入れる。本当に何もなかった獣を称する娘ミミズクが、多くの物事を知って、本当に欲するものを見つけた人の娘ミミズクになる。ゼロから始まり、何かを得始めてそれらをいちど全て失い、新しい道を得始めてまた喪失し、その崩壊と再生の果てに、物語はただひとつの着地点へと至ります。…物語の展開の中で、例えばフクロウも言ったように、もっと他の選択もミミズクにはあったことでしょう。読み手によっては、それこそが幸せな場所だと感じることも、もしかすればあるのかもしれません。だけど、ミミズクは自分で、自分の意思でその場所を選び出しました。そうするために戦ってまでして、それを選びました。

エピローグ・261ページのセリフは、何もなかった彼女が自分で全てを選んだからこそ言える、何より誰よりやさしくて美しくて清らかなほどに素敵な誓いです。多くの物事を知った少女が最後に選んだのは、その囁きのような優しい誓い。それを言うために自分で決めた居場所。だからこれは、他の何者でもない、ミミズクの物語。ミミズクという女の子が"生きる"、そこに至るまでを描いたおとぎの物語なのです。



▽自薦名場面 ― 236ページ

 「女の子はね……恋をすると、みんな馬鹿になるのよ」

 その言葉にミミズクはまばたきをした。

 「オリエッタも……馬鹿になった?」

 涙を拭いて尋ねると、オリエッタはミミズクを覗き込んでくすり、と笑みを漏らした。

 「そうでなかったら、あんなろくでなしの妻になんて、なるもんですか」

イヤまぁ、8章・クライマックスからはホント色々と迷わされるんだけど、今回は初見時のファーストインプレに従ってココ! クライマックス前のシーンから、オリエッタとミミズクのやりとり。きっとオリエッタは、かつての自分も同じ「少女」だったからこそ、ミミズクの言葉にならない想いを誰よりも分かってあげたんだろーなぁ。いま恋に落ちた女の子と、かつて恋に落ちた女の子、ふたりの少女の可笑しそうで楽しそうで、そしてどこか嬉しそうな、そんなやさしい会話を選出。




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2008/02/29